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雑談ネタ宝庫 トレンディア

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肝付兼太 ジャイアンの声も演じていた!日本で彼の声を知らない人はいなかった。

肝付兼太さんが20日に肺炎で、亡くなり身内だけで葬儀が行われたそうです。

 

肝付兼太さんは、アニメドラえもんスネ夫役にアンパンマンのホラーマンなど日本人なら一度はかならず聞いた事のある声だったと思います。

 

本当に多くの子供達に夢と希望を届けてきた肝付兼太さんに心からご冥福をお祈りしたいですね。

スネ夫で有名だった肝付兼太さんですが、なんとジャイアンの声も演じていたことがあることが分かりました!

そうなると、ドラえもんの中の二人のメインキャラクターを演じていたことになりますね!キャラが全然違うのに声がだせるというのは凄い事だと思います。

 

今日はご冥福をお祈りしながら、肝付兼太さんの経歴とプロフィールをまとめていきたいと思います。

 

 

 

肝付兼太 ジャイアンの声も演じていたの?

これは、私も全然知らなかったのですが1973年から1979年まで日本テレビで放送していた初代ドラえもんジャイアン役を担当していたそうです。

そこから1979年から放送された、テレビ朝日で放送された二代目ドラえもんでは、スネ夫役を26年間も勤め上げました。本当に長い間おつかれさまでしたと伝えたいですね。

 

私も小学生ぐらいの頃から、ドラえもんが大好きで映画も全部コンプリートして、毎週金曜日の19時が本当に楽しみでした。

大晦日にやる3時間スペシャルも必ず録画してなんども繰り返しみていました。

ドラえもんは、子供にとって本当に夢のあるアニメだと思います。

 

肝付兼太さんのプロフィールと経歴は?

本名 肝付 兼正[1]
(きもつき かねまさ)
性別 男性
出生地 日本の旗 日本・鹿児島県鹿児島市喜入町[2]
死没地 日本の旗 日本
生年月日 1935年11月15日
没年月日 2016年10月20日(満80歳没)
血液型 AB型
身長 171 cm
職業 声優、俳優
事務所 劇団21世紀FOX
81プロデュース
声優活動
活動期間 1954年 - 2016年
ジャンル アニメ、吹き替え
デビュー作 『婦人の時間』
俳優活動
活動期間 1954年 - 2016年
ジャンル テレビドラマ、映画、舞台
デビュー作 『こぶしの花の咲くころ』
声優

引用:Wikipedia

本当にお亡くなりになるまで、声優活動続けていられていたんですね。

肺炎は、高校生のときに私もかかってしまったことがあったのですが、あの若さでも結構辛かったのですが、80歳で肺炎は相当苦しまれたことをお察しいたします。

安らかにお眠りいただきたいと思います。

 

元々は役者を目指していたらしいのですが、祖母にあんたの容姿じゃ向いてないよって言われてしまったそうです。

おばあちゃん結構毒舌(笑)でもおばあちゃんのおかげで、これだけ大成することができたっていっても過言ではないですね。

でも劇団七曜会に参加していたそうなので、演劇は続けていたことになります。

 

そんな中で、1965年に肝付さんがおばけのQ太郎の収録をみにきていたのときに藤子不二雄さんに気に入られて転機がおとずれます。そこから指名されてドラえもんに抜擢されていって、名を馳せていったことになります!

 

現在では、声優しての活動を続けながら声優の専門学校の講師として若手の育成に力を入れています。日本の声優界を常に牽引しつづけていた声優会の神様みたいな方だと思います。

 

まとめ

スネ夫だけでなくて、ヒット作がたくさんあるのが本当に凄いと思います。初代のドラえもんジャイアンも演じていたのは知らなくて驚きました(笑)

ヒット作がありすぎて、日本人で肝付さんの声を聞いたことがない人はいないんじゃないでしょうか。これほど長い間愛された声を持つ人はそうそうはいないでしょう。

ドラえもんは、私にとって子供の頃の思い出がたくさんつまっているので、今回の訃報は本当に心が痛くなるほど、辛いものでした。

 

肝付さんが日本の声優界を盛り上げ続け、若手の育成をはかった功績は相当な物だと思います。

心からご冥福をお祈りしたいと思います。あと長い間本当にお疲れさまでした。